図4
<混成軌道>
メタン分子が4本のC-H共有結合でできていることはすでに述べた。次にこの結合について詳しく考えてみよう。炭素の4個の原子価電子は基底状態ではエネルギーの低い順に2s軌道に2個、2p軌道に2個収容されている。共有結合を形成するには、結合軌道に2個電子がはいる必要があり、その電子は両原子から1個ずつ供給されるのだから、炭素が4本の結合をつくるには、1電子のみがはいった軌道が4個必要である。ところが、基底状態(2s22px12py12pz0)では2s軌道は2個の電子がはいっていて、水素の電子を受け入れる余地がない。もし2p軌道のうち、あいている軌道に2s電子が1個移動(昇位)すれば、2s12px12py12pz1となって、4本の共有結合を形成できるかたちになる。ただし、球形の2s軌道とそれぞれ直角に交差した3個の2p軌道がそれぞれ共有結合を形成すると、できた4本の結合電子同士が近接して反発しあい、エネルギー的に不利である。そこで、s電子1個とp電子3個が再配列して、新たに4個の等価な軌道を形成する。これを軌道の混成とよび、この場合、元の電子の由来で示して、sp3混成軌道という。
この新たな4個の軌道は同じエネルギー準位にあり、電子間の静電反発によってお互いに最も遠ざかるような配置で安定となる。中心原子核から4個の電子軌道が互いに離れた配置、これが結合角109.5°の正四面体構造である。s電子のp軌道への昇位はエネルギー的に不利な過程であるが、最終的に電子間反発を最小になるように混成することによって、全体のエネルギーは低下している。メタンの正四面体構造(中心に炭素が位置し、各頂点に水素が配置する)はこのようにしてできている。ここで、s軌道成分を含む混成軌道(s軌道そのものも含む)電子のつくる共有結合をσ結合(s電子に由来)とよぶ。
同じように、s+px+pyの混成により、sp2混成軌道、s+pxによりsp混成軌道ができる。sp2混成では、新たに3個の等価な軌道ができ、それらが静電反発によりより離れて配向するので、軌道の方向は結合角120°の平面三方向、sp混成では新たな2個の軌道の反発により、直線状(結合角180°)となる。ところで、sp2混成では、混成に参加しなかったpz軌道電子が残っている。これはどうなっているのだろう。sp2混成軌道は、方向性をもたないs軌道とpx+pyの混成によってできているのだから、その軌道平面は、xy平面上に伸びている。すると残っているpz軌道はその結合平面に垂直に立っていることになる。sp2混成軌道によって3本の共有結合を形成すると、炭素の最外殻は3*2+1=7電子であり、この余ったpz電子軌道を共有結合に使えば8電子の閉殻になることができる。
sp2混成炭素同士が結合した分子がエチレン(エテン)であり、エチレンでは、隣接するsp2炭素のpz軌道が結合平面からどちらも垂直に立っていて、平行にあるため、軌道同士の弱い重なりが生じ、この炭素間に第二の結合を形成している。この平行なp軌道電子同士が形成する弱い結合をπ結合(p電子に由来)という。つまり、エチレンの炭素間には、σ結合とπ結合の2本が同時に形成されている。これが二重結合の正体である。同様に考えて、sp混成炭素では、s+pxの混成軌道はx軸方向を向いており、残った2個のpy、pz軌道電子はその軸方向にそれぞれ直交している。sp炭素2個の結合でできているアセチレン(エチン)分子では、隣接するsp炭素のpy軌道同士、pz軌道同士が平行に配置するため、2本のお互いに直交するπ結合が形成される。すなわちアセチレンの三重結合はσ結合1本、π結合2本からなっている。二重結合や三重結合は単に等しい結合が2本、3本あるのではなく、通常の意味での結合する原子間に向いて直結するσ結合は1本のみであり、残りの結合はいずれも、互いに平行なp電子同士の弱い重なりによるπ結合なのである。
π結合も共有結合の一形態ではあるが、直結するσ結合に比べると、その結合電子の広がりは大きく、結合エネルギーも弱い。また、電子の広がりが大きいということは、他の電子欠乏分子(たとえばルイス酸)によって求電子攻撃を受けやすい。多重結合が化学反応性に富んでいるのはこの理由による。
→ コラム2 「分子の形を決めるもの」