図7
<構造と異性>
有機化合物の数が多い理由のひとつに、異性体の存在がある。異性体とは同一分子式で異なる構造をもつものを指す。異性には構造異性(結合異性)、幾何異性、鏡像異性などいくつかの分類があるが、ここでは最も基本的な構造異性体について説明する。
等しい分子式をもちながら、分子内の原子の配列(結合順序)が異なるために別の化合物になるのが、異性体である。たとえば、炭素数5の炭化水素であるペンタン(C5H12)について考えてみよう。炭素5個を結合させるには、直鎖に5個並べる(狭義のペンタン)、直鎖に4個並べ、途中に炭素1個ぶんの枝分れをつくる(イソペンタン)、直鎖に3個並べ、炭素1個の枝を2本つくる(ネオペンタン)、の3通りがあり、それぞれに対応する化合物が存在する。つまりペンタンには異性体が3種存在する。枝分れ分子は、直鎖分子の末端のメチルユニットを鎖の途中の炭素上の水素と入れ替えた分子に相当するから、全体の水素数は変わらない。イソペンタンでは直鎖の右から2番目の炭素に枝をつけるのと左から2番目の炭素に枝をつけるのと2通り考えられるが、この両者は分子全体を180度ひっくりかえせば同じものであることに注意しよう。ここで重要なのは、原子がどういう順序で配列しているかであるから、結合を切ったりつないだりしなければ、全体をどう回転、反転させても分子そのものは変わらない。折れ線で炭素鎖をあらわす場合の鎖の曲げ方も自由である。
同様に考えて、分子式C2H6Oの分子は、酸素の位置の違いによって異性体が2種類存在する。異性体は異なる化合物であるから、その物理的および化学的性質は当然異なる。また、異性は原子配列の組み合わせによって生じるものであるから、原子数が多くなればなるほどその組み合わせ数は増大し、C5H12(ペンタン)では3種類であるが、C10H22(デカン)になると75種、C20H42では36万以上の異性体が存在する。
<命名法>
化合物の命名法(名前のつけ方)は非常に重要な問題である。仲間内の会話ならともかく、文献に記載したり、データベースから検索する場合には、統一的な命名法の使用が必須となる。この場合最大の原則は、化合物と名前が必ず一対一に対応していなければならない点である。現在世界的に用いられている体系的な化合物命名法は、国際純正および応用化学連合(IUPAC)によるもので、IUPAC命名法とよばれる。このIUPACによる系統的命名法はきわめて詳細にわたるものであり、ここでは内容の説明は省略するが、基本的には、最も長い炭素鎖あるいは主たる環系を基本骨格として語幹にとり、他の枝分かれや置換官能基を置換位置を数字であらわして、接頭語あるいは接尾語につけるというものである。命名法の解説書は各種あり、また一般の有機化学の教科書にも簡単な説明は必ずあるので、適宜参照してほしい。
このように、系統的な命名法による系統名は非常に重要ではあるが、化合物の名前にはこの他に慣用名があり、簡単な化合物や広く一般の人口に膾炙した物質名などはそちらが用いられることもまた事実である。たとえば、CH3CO2H分子は系統名ではエタン酸(ethanoic acid)であるが、通常は酢酸(acetic acid)という慣用名でよばれる方が普通である。ただし、このように慣用名の使用がIUPACでも容認されている場合は別にして、それ以外の化合物はできるだけ系統名で記載することが望ましいことはいうまでもない。