反応1-1
基礎有機化学14

図14

<ラジカル反応とイオン反応>
 有機化学は電子の化学であり、有機化学反応とは電子の動きによる物質の変化に他ならない。有機化学反応は多種多様で非常に多くの種類がある。そのうちの代表的なものについてこれから学んでいくことになるが、その前に全体についてながめてみよう。
 まず大きな分類として、有機反応はラジカル反応イオン反応に分けられる。ラジカル反応は電子が1個ずつ、イオン反応は2個ずつ動くことによる反応である。結合は電子が2個で1本生成する。また、結合に関与しないローンペアもその名のとおり電子は2個で1組になっている。基本的に電子はいつの場合も2個ずつペアになっている。その意味で電子がペアで動くイオン反応は理解しやすい。結合にあずかる電子2個が移動すれば結合は切断され、移動した先に新たな結合が形成されたりするのがイオン反応である。では、ラジカル反応はどうだろう。結合にあずかる電子2個が1個ずつに分かれ、結合が切断すると、分離した両原子はペアになっていない1個の電子をもつ化学種になる。これがラジカルとよばれる。繰り返しになるが、電子は2個ペアになっているのが基本である。だから余分な電子1個(不対電子という)をもつラジカルは化学的に不安定であり、きわめて反応性に富む。「ラジカル」すなわち急進的で過激なという名称はその性質をよく表している。一般に有機反応は無機のイオン反応に比べ速度が非常に遅いのが特徴である。塩化ナトリウム水溶液に硝酸銀溶液を加えると瞬時に塩化銀の沈殿が生じる。このように速い無機イオン反応に比べると、同じイオン反応といっても有機反応は反応速度が遅く、反応の完結に数時間を要する反応はざらにある。ただしラジカル反応はその名のとおり速く、ときに爆発的に進行する。ラジカルたるゆえんなのである。上記のように結合の開裂には2電子が2+0に分かれるイオン開裂(ヘテロリシス)と1+1に分かれるラジカル開裂(ホモリシス)がある。ヘテロリシスでは陽イオンと陰イオンが生成し、ホモリシスでは2個のラジカルが生成する。

<置換反応と付加脱離反応>
 次に、反応様式としては置換反応付加反応がある。置換反応とは分子の一部が別の原子(原子団)で置き換わる反応であり、付加反応は分子の特定部分に別の分子が新たに付加する反応である。通常、置換反応は結合1本の切断と1本の生成により、付加反応は二重結合などの不飽和結合の切断と新たな2本の結合の生成をともなう。置換反応の逆反応はやはり置換反応であるが、付加反応の逆反応、すなわち分子の一部がはずれて不飽和結合が生成する反応を脱離反応とよぶ。

<求核反応と求電子反応>
 イオン反応には、反応の開始にあたって電子対をもっている反応種(陰イオンあるいはローンペアをもつ中性分子)が基質分子の電子不足部位を攻撃して始まる反応と、逆に電子が不足している反応種(多くは陽イオン)が基質分子の電子豊富部位を攻撃して始まる反応がある。前者を求核反応、後者を求電子反応という。それぞれ核(原子核は電気的に陽性)および電子(電気的に陰性)を求めて反応が始まるという意味である。ルイスの酸塩基理論でいうと、塩基が酸を攻撃するのが求核反応、酸が塩基を攻撃するのが求電子反応となる。有機反応では、反応の経過を電子がどのように動いたかで記述することが可能である。電子の移動の矢印表記は反応機構の理解に大変役に立つ。その際に求核反応では反応種の攻撃方向と電子移動すなわち矢印の向きが同じだが、求電子反応では反応種の攻撃方向と電子の移動方向は逆になることに注意しよう。

<発熱反応と吸熱反応>
 もうひとつ、反応にともなうエネルギー変化に着目すると、反応前の出発物と反応後の生成物のエネルギーを比べたときに、系のエネルギーが減少する、すなわち安定化方向の反応を発熱反応、逆にエネルギーが増加する不安定方向の反応を吸熱反応という。もちろん全体のエネルギーは変化しないはずであるから、発熱反応では減少分のエネルギーは熱として放出され、吸熱反応では熱の吸収が起きる。ところで、反応の進行はこのようにエネルギーの変化をともなうが、出発物から生成物へのエネルギー変化は単なる直接的な減少や増加ではなく、どんな反応でも必ず途中に高エネルギー状態を経る、すなわちエネルギーの山を越えねばならない。このエネルギーの山を越すのに必要なエネルギーを反応の活性化エネルギーEa)という。反応が進行しやすいかしにくいか、つまり反応速度を決定するのはこのEaの大きさであり、Eaが小さい反応は速く、大きい反応は遅い。室温で混ぜただけで簡単に進行してしまう反応も、活性化エネルギーが必要ないのではなく、室温という高温状態(300K)でEaを越すに足るエネルギーが十分外部から与えられているわけである。


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