図15
<反応速度>
反応速度に影響を与える主要な因子は三つある。すなわち、濃度、エネルギー、触媒である。分子のもつエネルギー状態は一定ではなく、低エネルギー状態のものから高エネルギー状態のものまである確率で分布している。反応を起こすには活性化エネルギー(Ea)の山を越えなければならず、この活性化エネルギーよりも高いエネルギー状態にある分子のみが反応することができる。この分子は、図15のグラフでEaより右側の部分の面積に相当するので、ここを大きくすることが反応速度の増加につながる。反応物の濃度を上げることは全体の分子数が増加することであり、分子のエネルギー分布曲線はそのままの形で上にもちあがり、当然Eaより右側の面積が増大する。また、外部から熱などのエネルギーを与えると、全体の分子数は変わらないものの、確率分布が変化して高エネルギー状態の分子数が増加するため、やはりEaを越える部分が増加する。一方、分子のエネルギー分布は変化しなくても、Ea自体を下げることができれば、やはりEaを越える分子数が増えることになる。これが触媒の効果である。
<1段階反応と2段階反応>
次に、1段階反応と2段階反応について反応のエネルギー変化をみてみよう。アルコールとハロゲン化物イオンの反応によってハロゲン化アルキルが生成する反応は典型的な求核置換反応である(詳細は反応5で述べる)。この反応で、エタノールと臭化物イオンから臭化エチルが、t-ブタノール(2-メチル-2-プロパノール)と臭化物イオンから臭化t-ブチルが生成する。この2つの反応はよく似ているがその反応機構は全く異なり、前者は1段階反応、後者は2段階反応である。1段階反応では、反応の前後で単にEaの山をひとつ越えるだけであり、山の頂点は遷移状態とよばれる過渡的な高エネルギー構造である。これに対し、2段階反応では、厳密には2つの反応が連続して起きているため、反応の前後でEaの山を2つ越えねばならない。この山と山との谷間は部分的にエネルギーの極小になる準安定状態である。この部分の化学種を反応の中間体という。2段階反応では、一旦このような中間生成物を経て反応が進行する。この場合、山を2つ越えるということは、Eaが2つ存在するということであり、そのうちEaが大きい方、すなわち反応速度が遅い方の過程を律速段階という。遅い過程が全体のボトルネックになるため、全体の反応速度はこの律速段階の速さに依存する。同じ反応途中の状態でも、遷移状態はエネルギー極大、中間体はエネルギー極小状態であることに注意しよう。
<速度論支配と熱力学支配>
ナフタレンのスルホン化反応でナフタレンスルホン酸を生成する求電子置換反応(詳細は反応4で述べる)では、低温ではナフタレン-1-スルホン酸(A)、高温ではナフタレン-2-スルホン酸(B)が得られる。なぜ温度によってこのような違いがでるのだろうか。この両者の反応のエネルギー変化をみてみると、Aを生成する反応ではBを生成する反応よりも活性化エネルギーが小さく、生成物の自由エネルギーは逆にBの方がAよりも小さいことがわかる。反応を相対的に低い温度で行うと、Eaの大きい反応は進みにくく、結果的にAが主に生成する。ところが、十分高い温度で反応させると、高いEaも自由に越えることができ、反応系は出発物と2種の生成物の平衡状態になる。可逆反応なので十分エネルギーを与えれば、生成物から出発物へもどる反応も自由に進行するからである。平衡状態では最もエネルギーの低い安定な分子の存在確率が最大になるため、結果としてBが主生成物になる。このように、Eaの大きさが生成物を決定する前者の反応を速度論支配反応、生成物の安定性が生成物を決定する後者の反応を熱力学支配反応という。2種の生成物を作りわけたい場合、より低温つまり低エネルギー状態で反応を行えば速度論生成物、高温つまり十分エネルギーを与えてやれば熱力学生成物を得ることができる。