反応5-1
基礎有機化学22

図22

<求核置換反応>
 ハロゲン化アルキルのアルコールへの変換求核反応では、求電子反応とは逆に、電子豊富な反応試剤(nucleophile)が分子の電子不足部位を攻撃することによって反応が始まる。代表的な反応として、ハロゲン化アルキルとアルカリ(水)によるアルコール生成反応についてみてみよう。この反応は、水酸化物アニオン(水)がハロゲン化アルキルのハロゲンの根元の炭素を求核攻撃することによって、ハロゲンと置き換わり、ハロゲンはハロゲン化物アニオンとして脱離する反応である。反応のメカニズムには、SN2SN1という2種類がある。ここで、SNとはNucleophilic Substitutionすなわち求核反応を表し、1と2の数字はそれぞれ1分子反応2分子反応を表す。n分子反応とは、反応速度に直接関与する分子の数がn種類あることを示す。

 SN2反応:1-ブロモブタンとアルカリの反応で1-ブタノールを生成する反応は、1段階反応であり、水酸化物アニオンが臭素の根元の炭素を直接攻撃すると同時に臭化物アニオンが脱離して反応が完結する。反応の遷移状態は、炭素と水酸基の結合が半分できかかり、かつ炭素と臭素の結合が半分切れかかっている状態である。攻撃する水酸化物アニオンと脱離する臭素は立体要因のためにちょうど180度反対に位置している。つまり、1-ブロモブタンの1番炭素はsp3炭素であるから、正四面体構造をとっており、そのひとつの頂点に位置する臭素のちょうど裏側から水酸化物アニオンの攻撃が起きることを意味する。反応の遷移状態では、中心の炭素の左右すなわち臭素側と水酸基側は対称であり、この炭素に結合している他の3個の置換基(この場合は水素2個とプロピル基)はちょうどsp2炭素のように平面三方向に配置している。この状態から反応が進行して臭化物アニオンが脱離すると、中心炭素はまたsp3型の正四面体構造にもどるが、そのときは水酸基が反対側に位置しているため、出発のときとは置換基の相対位置関係が反転した形になる。これは、ちょうど最初雨傘の剣先側に臭素が配置していて、持ち手側から水酸化物アニオンが攻撃することにより、傘の布地部分が風にあおられておちょこになるように反転し、剣先の臭素が脱離するというモデルに相当する。すなわち、反応の前後で中心炭素の立体配置は反転し、ここがキラル炭素だった場合はキラリティの反転が起きる。また、反応はハロゲン化アルキルと水酸化物イオンの衝突によって開始するため、反応速度はこの両者の濃度に依存する。すなわち2分子反応である。また、脱離するハロゲンの裏側から求核試剤が攻撃するため、炭素に結合している残りの3個の置換基の立体的な影響が反応の行きやすさを大きく左右する。すなわち、1-ブロモブタンのような一級ハロゲン化物では(一級〜三級の分類はカルボカチオンの場合と同じ)、中心炭素にはアルキル基1個と水素2個が結合していて、立体的に余裕があるが、三級ハロゲン化物のように立体的に大きなアルキル基が3個結合していたりすると、立体障害で反応速度は著しく低下する。

 SN1反応:2-ブロモ-2-メチルプロパンと水の反応で2-メチル-2-プロパノールが生成する反応は、2段階反応であり、臭化物アニオンの脱離と水の付加が連続しておきる。まず1段階目は2-ブロモ-2-メチルプロパンの炭素−臭素結合がヘテロリシスによってカルボカチオンと臭化物アニオンに解離する段階で、中間体として生成したカルボカチオンに水分子が攻撃した後、水素イオンの脱離によってアルコールが生成する段階が2段階目になる。中間体カルボカチオンは、炭素に3個の置換基が配置した平面構造であり、元のsp3炭素の立体環境はここで失われる。すなわち、脱離した臭素と同じ側から水分子が攻撃すれば、元の立体配置に対応する生成物を与えるが、水分子の攻撃が反対側から起これば、立体化学は反転する。実際には平面性カチオンのどちら側から反応するかは50:50の確率であり、生成物は元の立体化学を保持したものと反転したものの等量混合物となる。元のハロゲン化物がキラルであれば生成物は完全にラセミ化する。また、2段階の反応のうち律速段階は最初のハロゲン化物アニオンの脱離する段階であり、この段階には水分子は関与しない。つまり反応速度はハロゲン化物の濃度のみに依存することになり、これは1分子反応ということになる。また、このように中間体カルボカチオンを生成する段階が律速であるため、反応の行きやすさはカルボカチオンの安定性に強く依存する。したがって、安定な三級カルボカチオンを生成する三級ハロゲン化物は反応しやすく、安定性の低い一級カルボカチオンを中間に経由する一級ハロゲン化物は反応性が劣る。この順序はSN2反応とまったく逆である。


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