反応5-2
基礎有機化学23

図23

<求電子置換反応(続き)>
 SN2反応とSN1反応の競合:ハロゲン化アルキルのアルコールへの変換反応はこのように、SN2反応SN1反応という二つの全く違ったメカニズムの反応が進行可能である。あるハロゲン化物がどちらのメカニズムで反応するかは、立体的要因電気的要因のバランスで決まる。SN2反応は攻撃中心の炭素まわりの立体要因に敏感であり、一級ハロゲン化物で有利に進行し、SN1反応は中間体カルボカチオンの安定性が重要なので、電気的に安定な三級カチオンを生成する三級ハロゲン化物で有利に進行する。事実、SN2反応の相対速度をみると、一級のハロゲン化エチルでの速度を1とすると、最も立体障害の少ないメチル体では30倍速いのに対し、二級の2-プロピル体では0.02、三級の2-メチル-2-プロピル体ではほぼ0になる。ただし、一級ハロゲン化物といっても2,2-ジメチルプロピル(ネオペンチル)体のように非常にかさ高いアルキル基をもつものでは、反応速度は極端に低下する。立体要因が強く支配するためである。
 また、立体的にも電気的にも中間の性質をもつ二級ハロゲン化物ではSN2機構とSN1機構が両方混在して進行する。実際に反応がどちらの経路で進行しているかを確かめるには、キラルな出発物質を用いて反応生成物のキラリティがどう変化したかを調べればよい。すべて反応がSN2で進めばキラリティは完全に反転し、すべてSN1で進めば完全にラセミ化が起きる。両方が同時に進行すれば、SN2とSN1の割合に応じたキラリティの生成物が得られるので、旋光度の値から両者の比率が計算可能である。これにより、二級ハロゲン化物である(R)-2-ヨードブタンの含水アセトン中での加水分解反応(2-ブタノールが生成)では、アセトン:水(95:5)溶媒ではほぼ純粋な(S)-2-ブタノールが得られることから、SN2が100%進行、アセトン:水(30:70)では、(R)-体と(S)-体が40:60の混合物となることから、SN1:SN2=8:2で進行していることがわかった。溶媒中の水の割合が増すとSN1の比率が上がるのは、溶媒の極性が高まるため、ハロゲン化物のヘテロリシスによるカルボカチオンとハロゲン化物イオンが生成するSN1反応には有利に働くためである。
 なお、SN1反応でも1段階目で脱離するアニオンが反応点をふさいでいるために、その立体障害によって最終的な生成物の立体配置が完全にラセミ化せずに反転した分子が過剰になることもある。

 芳香族求核置換反応:ベンゼン環のような電子豊富な化学種に対しては通常は求電子反応が起きるが、強い塩基(求核試剤)によって求核置換反応を起こすこともできる。ブロモベンゼンに強塩基カリウムアミドを作用させてアニリン(アミノベンゼン)を得る反応がそれにあたる。この反応では、中間にベンザインという非常に不安定で反応性に富んだ状態を経るのが特徴である。反応は、まずアミドアニオンによって臭素のオルト位の水素がH+として引き抜かれ、生じたアニオンの電子が環内に移動するともに、Br-アニオンの脱離が起きて、ベンザインが生成する。ベンザインはベンゼンの二重結合のひとつが三重結合になった形の分子で、直線であるべきsp混成炭素を6角形の中に含むので、ひずみが大きくきわめて反応性に富む。ベンザインはただちに反応系内にあるアミドアニオンの攻撃を受けて、アニリンのオルト位アニオンとなり、最終的にH+の付加によって反応が完結する。反応途中に、対称構造のベンザインを経るために、元の臭素の位置と生成物のアミノ基の位置はひとつずれる可能性があり、これはラベル炭素を用いた実験で確かめられている。


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