コラム5
基礎有機化学55

<不斉増幅は可能か>
 生体物質のほとんどはキラルであり、しかもL-グルタミン酸やD-グルコースのように一方の鏡像異性体のみが利用されている。生命発生のどの時点でこのような鏡像異性体の選択が起きたのかはきわめて魅力ある問題であるが、まだ定説はない。
 次のような仮説はどうだろうか。もしあるキラル分子が奇数個できたとしよう。それは厳密にはラセミ体ではなく、必ずどちらかの鏡像体が1分子過剰である。このほんのわずかの不斉の偏りを増幅することができたら、たとえばL-アミノ酸だけの世界をつくることができるかもしれない。ではそんな不斉増幅は可能だろうか。それに関して次のような面白い反応が発見されている。

 アルデヒド2とアルキル亜鉛を反応させてアルコール1を得る反応がある。通常の条件では生成する1は当然ラセミ体だ。ところが、ここに触媒量のキラルな(S)-1を添加してやると、(S)-1とアルキル亜鉛が結合したキラルな活性中間体が生成し、そこから2にアルキル基が与えられて1が生成する。このとき、中間体はキラルなので生成する1はキラルな(S)-1となる。反応によって活性中間体からアルキル亜鉛がはずれてもとの(S)-1にもどるが、また新たにアルキル亜鉛と結合して活性中間体が再生される。この繰り返しによって、少量の(S)-1の添加で、2から(S)-1を効率よく合成できるのである。実際には、最初に光学純度5%((S)-体が(R)-体より5%だけ過剰な混合物)の1を添加することで生成物1の光学純度は39%に上昇し、その光学純度39%の1を触媒にすると次には光学純度76%の(S)-1が生成した。


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