<「だまし舟」転位>
カルボカチオンの転位反応はたくさんあるが、その代表的なものがWagner-Meerwein転位である。この反応は、camphene hydrochloride(1)が酸触媒下骨格転位をおこして、isobornyl chloride(2)を生成する反応から見出されたものである。一見するととんでもない複雑な置換基の変化を起こしているように見えるが、実際にはちょうど、目を閉じている間に「だまし舟」の帆が艫に変化するように、分子の骨格の入れ替えが起きているので、転位反応はただ一回の1,2-シフトで説明できる。
この転位反応でかご状の環状炭素骨格を次々に1,2-シフトしてより安定な構造へと変換することができる。極端な例では、ダイヤモンドの骨格構造をもつアダマンタン(構造4-2参照)やその同族体は熱力学的に非常に安定であるため、同じ分子式をもつ似ても似つかない構造の分子から強酸性下、強制的に転位を起こさせて合成することもできるのである。