おもしろ化合物 第4話:「なわ跳びはお好き?」



NIFTY SERVE 旧 FCHEM 10番【有機】会議室 #1590(94/5/18)より

 長らくお待たせしました。「おもしろ化合物ゼミ」から第四話です。あまりに間隔があきすぎて前回のが見つからない(^^;、というご指摘がありましたので、今回から【面白】のヘッダをつけました(でもいつまで続くのだろう(^^;)。

 クラウンエーテルはみなさんよくご存じだと思いますが、「なわ跳びクラウンエーテル」というのがあります。構造は下に描いたようなもので、ナフタレン環の1,5位の間をクラウンエーテル鎖でつないだ分子です。1,5-位(アンチだったかな、ベンゼンでのオルト、メタ、パラのように、二置換ナフタレンにもすべて名前があったような)という位置関係がまあ、ミソでして、このナフタレン環が、クラウンエーテル鎖の「なわ」をもって「なわ跳び」をするのです。

 「なわ」が十分長ければ、自由にくるくる回ることができます(このあたりが実際のなわ跳びとは違うところで、人間はなわが長すぎるとかえって跳べませんね(^^;)。分子の場合は、たとえば上に描いた22員環をもつ1,5-naohtho-22-crown-6では、スムーズに「なわ跳び」ができます。どうしてそれがわかるかといいますと、左の構造では、Haの水素二個がナフタレン環の内側(エンド側)、Hbが外側(エキソ側)に位置しているのに対し、右のコンホーマーでは、それが逆転しています(Haが外でHbが内)。これは、「なわ」が半回転するときに、これらの水素の位置も反転するためです。NMRでみると、エンドの水素とエキソの水素は当然環境が異なりますから、これらは異なるシグナルをあたえるはずですが、上の分子では、このベンジル位の水素のシグナルは一本しかあらわれません。すなわち、かなり速いスピードで「なわ跳び」しているために、HaとHbの区別が見かけ上できなくなっているわけです。

 それでは、「なわ」を少し短くしてみましょう(^^)。こんどは、1,5-naphtho- 19-crown-5です。

 構造式で描くとあまり違わないように見えますが、こうするともはや「なわ跳び」ができなくなってしまいます。鎖が短くなったので、ナフタレン環とぶつかって回れなくなったのですね。たしかに、NMRでみるとHaとHbが別々のシグナルとして現れます。

 分子の運動状態は温度によって変化しますから、これまでの話は室温でのことですが、19員環の場合、160℃でもNMRシグナルがやや幅広くなるだけで、ほとんど変化しないことから、「なわ跳び」に必要なエネルギーは22kcal/mol以上であると計算されています。逆に、最初にあげた22員環の分子も、温度を下げていくと、「なわ跳び」が緩慢になっていき、NMRシグナルが、幅広くなっていって、-134℃より低温ではHaとHbが二本に分離します。この温度から、こちらの「なわ跳びエネルギー」は、6.3kcal/molとわかります。
 せっかくクラウンエーテルなので、カチオンキレートさせてやったら「なわ跳び」速度に影響がでるのでは、と考えたくなるところですが、残念ながらそれはまだ成功していないようです。

 今回から引用文献もつけますね。
 H. S. Brown et al., J. Org. Chem., 1980, 45, 1682-1686.

junk (JAH00636) 川端 潤     

前の話へ ← → 次の話へ     
おもしろ化合物の目次へもどる