おもしろ化合物 第35話:「分子の子供たち」




 こどもの日に間に合わせようと思って間に合わなかった分子の子供たち。象形分子とでもいうか、人の形をつくってしまったものです。身長2ナノメートルなので名づけてナノキッド。子供ばかりではなく頭の形や骨格を少し細工したいろいろなナノ人間たちもつくられており、ガリバー旅行記に出てくる小人たちの国リリパットの住人リリプシャンにちなんでナノプシャン(NanoPutian)と総称されています。最初に見たときにぼくはガリバーではなくてシャーロック・ホームズの「踊る人形」を思い出してしまいました。いろいろなポーズの人形(ひとがた)が暗号に使われるあれです。

 どこからこんなものがでてきたのかというと、ライス大学の化学教育プログラムの一環ということのようです。子供たちに化学に興味をもってもらうためのツールのひとつというわけですね。なるほどねー、こうしてみるとベンゼン環だってこわくないかも(笑)。さて、例によって合成法をみてみましょう。

 分子骨格はフェニルアセチレンでできているので、これをパラジウム触媒によるハロベンゼンとアセチレンのSonogashiraカップリングでつくることにして、上半身と下半身を別途合成し、最後につなぎあわせる方法がとられています。母核になる置換ベンゼンをうまくつくるところがおもしろく、腰部分の原料となる3,5-ジブロモヨードベンゼンをp-ニトロアニリンからつくるなんてのは置換ベンゼンの合成戦略の練習問題をみるようですね。頭部がベンズアルデヒドのエチレンアセタールでできているところがミソで、適当なジオールを加えてレンジでチンするとアセタール交換が起きていろいろな帽子をかぶったナノ職業人をつくることができます。

 特に困難な合成というわけではなく、何らかの機能性をもっているわけでもありません。単に、見て楽しい。これぞおもしろ化合物の鑑ではないでしょうか。



 ref. S. H. Chanteau and J. M. Tour, J. Org. Chem., 2003, 68, 8750.


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