図3
<化学結合>
炭素は電気的に中性でイオンになりにくい性質をもっているため、有機化合物の結合はほとんどが共有結合による。共有結合とは、結合する原子の双方が1電子ずつ出し合い、その2電子を双方の原子が共有することで結合する方法である。
たとえばメタン分子を例にとると、中心の炭素原子は4個の水素原子と4本の共有結合を形成している。それぞれの結合は炭素から1電子、水素から1電子出し合い、2個の電子は両原子に共有されている。もともとの炭素原子はL殻に4個の原子価電子をもっており、このすべてが4個の水素原子との結合に用いられ、さらに水素からの4個の電子を共有することになったのだから、結局全部で8個の電子をもつことになる。これはL殻が閉殻構造(ネオンと等電子構造)になっていることを意味し、安定な構造である。水素についても、自身の1電子と炭素からの1電子で計2電子がK殻にあることになり、同様に閉殻(ヘリウムと等価)になる。メタン分子が4本の共有結合により安定に存在しうるのはこのためである。
ここで重要なのは、電子2個(共有結合では両原子から1個ずつ供給)で結合が1本できるという点である。つまり4電子なら二結合、6電子なら三結合の計算であり、事実、二重結合や三重結合はそうして形成される。いずれの場合も両原子が半分ずつ電子を出しあい、結合にあずかる電子が両原子にすべて共有されているのは同じである。後半で学ぶ化学反応は、結合の形成や切断を伴う変化であり、これは一般に電子2個が対になって移動することにより起こることを心に留めておいてほしい。このような2電子移動の表記には両鈎矢印を用いる。矢印の向きは電子の動きを示す。ラジカル反応(後出)では1電子移動が起きるが、その場合は片鈎矢印で示す約束である。有機化学では意味によって矢印の形を使い分けることが多く、注意が必要だ。
ところで、結合電子が2個とも片方の原子から供給される場合を考えてみよう。アンモニアの窒素原子は原子価電子5個をもち、そのうちの3個を水素3原子とそれぞれ共有している。窒素の最外殻は自身の5電子+水素3電子=8電子となり、安定である。アンモニアがメタンと違う点は、水素との結合に参加していない電子が2個あることである。この形の電子を非共有電子対(ローンペア)という。このローンペア2電子を他の電子不足原子に与えることによって新たな結合を1本つくることができる。その相手として三フッ化ホウ素のホウ素原子(自身の原子価電子3+フッ素から3電子=6電子状態)を考えると、ホウ素原子は閉殻にはまだ2電子不足しているので、そこへ窒素から2電子供給されれば、8電子となり安定化できる。このように結合電子が一方からのみ供給されてできる結合を配位結合とよぶ。通常の共有結合と配位結合の違いは、電子の由来のみであり、できた結合そのものはまったく同じである。アンモニアと三フッ化ホウ素の結合でできた分子の電子構造は、中心原子を炭素にいれかえた分子と同じになる。違いは、C-C結合では結合電子は両炭素から1電子ずつ供給され、N-B結合では2電子とも窒素が供給している点のみである。この場合窒素がホウ素に1電子貸し与えている形になり、窒素は+電荷、ホウ素は-電荷をもつ。
ダイヤモンドの構造は炭素原子同士がすべて共有結合で網目状に連なっている(立体的な形については後述)。すべての炭素原子は隣接炭素との電子の共有によって安定な閉殻構造となっており、そのためにダイヤモンドは物理的、化学的に大変安定である。このダイヤモンドの炭素原子を交互に窒素とホウ素で置き換えた分子ボラゾンがある。ダイヤモンドがすべて炭素同士の共有結合でできているのに対し、ボラゾンの結合のうち3/4は通常の共有結合で、1/4は窒素からのみ電子が供給されている配位結合と考えられる。いうまでもなく、ダイヤモンドとボラゾンは同じ電子構造をもっており、そのためボラゾンも非常に丈夫で硬い構造をしている。同様にベンゼンと等電子構造をもち、類似した性質を示すボラジン(無機ベンゼンとよばれる)も存在する。
<酸と塩基>
酸塩基理論は、歴史とともにより広い事象が説明できるように移り変わってきた。古典的なアレニウスの定義では、H+を放出するものが酸、OH-を放出するものが塩基とされたが、その後ブレンステッドとローリーはH+の供与体を酸、受容体を塩基と定義し、これによってアンモニアと塩化水素の気体反応が酸塩基理論で説明可能になった。さらに、現在広く用いられているルイスの定義では、電子対の受容体が酸、供与体が塩基とされ、H+の存在すら不要なので、上記の配位結合の説明にあらわれたアンモニアと三フッ化ホウ素の結合形成反応も酸塩基反応とみなすことが可能である。
有機化学は電子の化学であり、多くの有機反応は電子対の動きで説明可能なことはすでに述べた。ルイスの定義によれば酸塩基理論も電子対の働きで説明でき、また当然酸化還元反応は電子の授受であることを思えば、いかに電子(対)の働き、動きが有機化学に重要な意味をもっているかが理解できるだろう。
→ コラム1 「2電子で1結合とは限らない」