反応2-1
基礎有機化学16

図16

<ラジカル反応:メタンの塩素化反応>
 代表的なラジカル反応として、アルカンハロゲン化反応をとりあげる。光照射下メタンに塩素を作用させると、塩化メチルが生成する。この反応は形式的にはメタンの水素1個が塩素に置換するだけの反応だが、その反応機構はそう単純ではない。反応は開始段階伝搬(成長)段階終止段階の3段階からなる。開始段階では塩素分子が光エネルギーによってホモリシスを起こし、塩素ラジカル(塩素原子)が2個生成する。次に、この反応性に富んだ塩素ラジカルがメタン分子から水素ラジカルを引き抜き、塩化水素分子が生成する。水素ラジカルを抜かれたメタンはメチルラジカルとなり、これが別の塩素分子から塩素ラジカルを引き抜いて塩化メチルになる。片割れの塩素は塩素ラジカルとして、また別のメタン分子から水素を引き抜く。この繰り返しが伝搬段階であり、はじめに開始段階から塩素ラジカルが1個供給されれば、あとは反応によって再生した塩素ラジカルがサイクルを次々にまわし、メタンの塩化メチルへの変換が連続的に起きる。最終的に、終止段階で反応系内のラジカル同士が結合すると中性分子となってラジカル反応は終息する。メタンの塩素化反応は、このように最初に塩素分子を切断するだけのエネルギーが与えられれば、あとはエネルギーの供給なしに自動的に反応が連続して進行する。1個の塩素ラジカルが引き金になって連鎖的に塩素化反応が進むので、この伝搬段階のステップを連鎖反応という。このように、連鎖反応で一気に反応が進行するのがラジカル反応の特徴である。また、副反応として、塩素ラジカルがメタンではなく、生成物である塩化メチルから水素ラジカルを引き抜くと、2個塩素置換した塩化メチレン(CH2Cl2)や、さらに3個置換したクロロホルム(CHCl3)などが生成することもある。

<アルキルラジカルの安定性>
 さて、ではより大きなアルカンではどうだろうか。プロパンの塩素化反応では、塩素が1個置換した生成物として1-クロロプロパンと2-クロロプロパンの両異性体が45:55の比で生成する。また、2-メチルプロパンでは、1-クロロ-2-メチルプロパンと2-クロロ-2-メチルプロパンが63:37の比で生成する。単純に分子内のすべての水素が同じ確率で塩素と置換すると仮定すると、プロパンの場合は、1-クロロプロパンと2-クロロプロパンの生成比は6:2、2-メチルプロパンでは、1-クロロ-2-メチルプロパンと2-クロロ-2-メチルプロパンの比は9:1になるはずである。ところが実際の反応では、どちらの場合も2-クロロ体が予想より多く、プロパンでは2.2倍、2-メチルプロパンでは3.7倍も生成している。これはどう説明すればいいだろうか。伝搬段階では塩素ラジカルがアルカンから水素を引き抜いてアルキルラジカルが生成する。この段階で生成する2種のラジカルの安定性に差があり、より安定な2位のラジカルが生成しやすいために、結果的に2-クロロ体が確率計算よりも多く生成するのである。ではなぜ2位のラジカルは1位のラジカルよりも安定なのだろう。ラジカルは中心炭素の最外殻電子が7個しかない電子欠乏状態の化学種である(3本の共有結合+不対電子1個)。一方、メチル基のようなアルキル基は電子を押し出す性質をもち、結合したカチオンやラジカルを安定化することができる。この性質のため、中心炭素に3個のアルキル基が結合した三級ラジカルは相対的に安定性が高く(安定化要因が多いため)、次いでアルキル基2個と水素1個が結合した二級ラジカル、アルキル基1個と水素2個が結合した一級ラジカルの順に安定性が低下し、水素3個が結合したメチルラジカル(水素2個をもつので1級ラジカルの特別な場合とみなされる)は、最も不安定になる。
 プロパンや2-メチルプロパンの塩素化反応で、2-クロロ体が相対的に多く生成するのは、中間に生成するアルキルラジカルが2級(プロパンの場合)や3級(2-メチルプロパンの場合)の方が安定だからである。

 → コラム10 「σ電子の共役


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