反応2-2
基礎有機化学17

図17

<アルカンのハロゲン化反応:ハロゲンの違いの影響>
 2-メチルプロパンのラジカル機構による塩素化反応では、2-クロロ体が37%、1-クロロが63%の比で生成した。この反応を臭素で行うと、2-ブロモ体が99%以上生成し、1-ブロモ体はほとんど生成しない。塩素と臭素ではなぜこんなに生成比が異なるのだろうか。塩素ラジカルが2-メチルプロパンの水素を引き抜いてアルキルラジカルと塩化水素を生成する反応は発熱反応であり、臭素ラジカルの同様の反応は吸熱反応である。発熱反応の場合、出発物よりも生成物のエネルギーが小さいので、遷移状態のエネルギー高さは出発物質のエネルギーの方により近い。逆に吸熱反応では、生成物のエネルギーの方が出発物よりも大きいので、遷移状態のエネルギーは生成物の方に近い。エネルギーの大きさが近いということは、構造的な類似性が大きいということであるから、塩素の反応では、遷移状態の構造は生成物であるアルキルラジカルよりも出発物であるアルカンに近く、臭素の反応では逆にアルキルラジカルに近いといってよい。遷移状態のエネルギーの高さによって反応の進みやすさが決まるのであるから、臭素化反応では、アルキルラジカルのエネルギーが反応の行きやすさを決定し、すなわち三級ラジカルの一級ラジカルに対する安定性が強く効き、結果的に2-ブロモ体が優勢に生成する。それに対し、塩素化反応では遷移状態がアルカン類似であり、水素が引き抜かれる位置で生じる2種のラジカルの安定性の差はあまり影響しない。これが塩素化反応と臭素化反応の生成物比の違いの理由である。

<オゾン層の破壊>
 オゾン層は大気圏上部を包むオゾン(O3)の層であり、宇宙からの紫外線を吸収して熱エネルギーに変換することにより、生物に有害な紫外線が地表まで透過するのを防いでいる。ところで、クロロフルオロカーボンとよばれる一群の化合物(メタン、エタンなど低級炭化水素のフッ素、塩素置換体)が安定性、溶解性などそのすぐれた特性のために、冷媒、洗浄剤、発泡剤、噴霧剤などに多用され、その結果、大気中に放出されてきた。たとえば、フレオン(CF2Cl2)のようなガスが大気中を上昇してオゾン層に達すると、紫外線によって容易に塩素ラジカルを生成する。この塩素ラジカルはラジカル機構による連鎖反応によってオゾンを分解して酸素に変えてしまう。一説には塩素ラジカル1個は10万個のオゾンを分解することができるといわれている。その結果、オゾン層が部分的に破壊されていることがわかっている。地表に降り注ぐ紫外線の害は、農作物の収量低下や皮膚ガンの増加などにつながる重大な環境問題であり、その原因になるのが、塩素ラジカルによる連鎖反応なのである。ほんの少量の引き金物質の供給で全体の反応が進行するラジカル反応の特性が、このように大規模な環境破壊につながる危険性を示す例といえる。

<不飽和脂肪酸の自動酸化>
 有害なラジカル反応の例をもう1つ。リノール酸のような高度不飽和脂肪酸は非常に酸化されやすく、その結果有毒なヒドロペルオキシドを生成する。この反応は、一連の不飽和脂肪酸が、-CH=CH-CH2-CH=CH-のような両側を二重結合にはさまれたメチレン(-CH2-)をもち、この活性メチレンが容易にラジカル化しやすいことによって起きる。触媒量の外来ラジカルによってこのメチレンの水素が1個引き抜かれると、両側に二重結合をもつラジカルが生成する。二重結合に隣接した炭素上のラジカルはアリルラジカルとよばれ、共鳴による電子の非局在化によって安定化できる。この脂肪酸ラジカル(両アリルラジカル)は不対電子が共鳴によって両側に非局在化できるために特に安定性が高い。このラジカルに酸素分子が付加するとペルオキシラジカルとなり、これが他の脂肪酸から水素を引き抜いてヒドロペルオキシドとなる。すなわち連鎖反応の開始である。この脂肪酸由来ラジカル、ヒドロペルオキシドやその二次分解物は毒性が高く、他の生体分子と反応して生体機能の異常を引き起こす。これが老化や発ガンなどの疾病の要因になると考えられている。

 → コラム11 「温厚なラジカル


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