おもしろ化合物 第1話:「ヘリセンの光学分割」



NIFTY SERVE 旧 FCHEM 10番【有機】会議室 #1194(94/1/20)より

 ヘリセン(helicene)をご存じですか?
 ヘリセンは、ベンゼン環を弧を描くようにらせん状に連ねた構造の分子で、ベンゼン環の数によって、[n]helicene のように命名します。たとえばフェナントレンは、[3]helicene に相当します。こういうふうにベンゼン環をつなげていくと、[5]helicene までは平面ですが、6個になると、両端の環がぶつかりあって、片方がもう一方にのりあげたような形になるので、分子に「ねじれ」が発生します。当然「右ねじ」と「左ねじ」に相当する二種類の構造が存在し、事実、[6]helicene は光学分割が可能です。ちなみにベンゼン環を平面環状に6個つなげてしまうこともできますが、それは全体が板状の多核芳香族環になり、まったく別の化合物(coronene)になってしまいます。ベンゼン環を連ねて大きな輪をつくるというのもなかなか魅力的なテーマ(一連の分子は circulene とよばれる)なのですが、今回は別の話です。

 ちょっと構造を書いてみましょう。

構造式

 [6]helicene の両異性体のねじれのようすがよくわかるでしょうか(欠けているベンゼン環が下になっている)。この [6]helicene の合成と光学分割は1956年に報告されていますが、これが世界で初めて平面のベンゼン環のみでキラルな分子をつくった例となっています。
 さて、その光学分割はどうやるかというと、常法通り他のキラルな分子との複合体のつくりやすさの違いを利用してわけるのですが、ここで使われているのが光学活性 2-(2,4,5,7-tetranitro-9-fluorenylideneaminooxy)-propionic acid(TAPA)です。どこからこんなへんてこなキラル分子をもってきたのか不思議ですが、このTAPAを使って見事にRSの [6]helicene が得られました。この光学活性ヘリセン、旋光度[α]D)が約3700度といいますから驚きです。
 ところで、[6]helicene にさらにベンゼン環をつないでいくと長いらせん状になり、すでに [14]helicene なども合成されています。このくらいになると、一部はベンゼン環が三層になっているわけですからすごいですね。これくらい分子がねじれてくると、ラセミ体の溶液からそのままで右らせんと左らせんの結晶が分かれて晶出してくるそうです。

 いま私がやっている「おもしろ化合物ゼミ」の内容からご紹介しました。どうもここではあまりこういう構造有機ネタは好まれないようですが、たまにはこんなのもいかがでしょうか。

junk (JAH00636) 川端 潤     

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