おもしろ化合物 第2話:「分子の歯車が回る」



NIFTY SERVE 旧 FCHEM 10番【有機】会議室 #1265(94/2/10)より

 好評につき(^^;、おもしろ化合物ゼミから第2話です。

 トリプチセン(triptycene)という化合物がありまして、その構造はちょっとわかりづらいのですが、次のようです(^^;。

 つまり、[2,3],[5,6],[7,8]-tribenzobicyclo[2.2.2]octane ですね(命名法については突っ込まないように(^^;)。平面に描くと面妖ですが、立体的には三個のベンゼン環が三枚羽根の歯車のように配置した分子をイメージしてください。上の図を上からみると、ベンゼン環がちょうど120°の角度で三個配置しているわけです。これが理解できないと先へすすめませんから、精一杯想像をたくましくしてくださいね(^^;。
 で、このトリプチセンが二個、それぞれの橋頭位(三個のベンゼン環をつなぎあわせている位置)でエーテル結合した分子があります。図を描くと次のようになります。

 つまり、三枚歯の歯車が二個酸素でつながっていて、ちょうど傘歯車のように噛み合っている状態になります。室温では、この分子歯車は高速でぐるぐる回転(もちろん二個のトリプチセンが連動して)しています。
 これだけでも十分面白いのですが、さらに面白いことを考えた人がいて、この三枚歯のベンゼン環のひとつに置換基(Clとか)をつけて目印とします。両方のトリプチセンに一個ずつ目印をつけた歯車ができますね。
 さてこの歯車が噛み合った状態を考えると、一方のトリプチセン単位の印をつけたベンゼン環に対して、他方の印つきベンゼン環が噛み合う位置は三通り考えられます。つまり、右ねじれ(右60°)、左ねじれ(左60°)、正反対(180°)です。この三通りの状態がいりまじってくるくる回転しているのです。「右ねじれ」と「左ねじれ」は互いに鏡像体の関係にあり、それに対して、「正反対」はねじれをもたないメソ体ということがいえます。
 この分子歯車の歯の噛み合いはしっかりしているので、これらの三種の「異性体」はいくらぐるぐる回ろうとも相互に変換することはできません(相互変換するには歯を乗り越えなければならない)。「右ねじれ」と「左ねじれ」は鏡像異性体ですから分離不可能ですが、「正反対」とは分離することができます。実際にHPLCで、「左」+「右」と「正反対」の二種の異性体を分離することができました。
 こういう異性関係を、歯車の噛み合い方、すなわち位相の違いに起因するので、位相異性体(phase isomer)と名付けられています。

 おもしろいですねぇ.....って、わかります?

junk (JAH00636) 川端 潤     

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