おもしろ化合物 第21話:「ねじりん棒」




 不斉炭素をもたないのにキラルな分子はいっぱいあります。たとえば、このシリーズのトップバッター「ヘリセン」がそうで、これはベンゼン環がらせん状につながったねじれ分子でした。このようなねじれ分子をもう一つご紹介します。

 シクロプロパンをn個スピロ形につないでいった分子が[n]triangulaneで、直列につなげていくとnが4以上で全体のねじれによるキラリティが発生します。このようなねじれ分子は、ヘリシティー(らせん性)表示で、左ねじ形をマイナス(M)、右ねじ形をプラス(P)と表示します。
 ラセミ体の[4]triangulaneは1973年にすでに合成されていますが、このねじりん棒のようなキラルな左ねじ分子(M)-[4]triangulaneが最近初めて合成されました。そのスキームの概略は以下です。

 出発物質からしてかなり面妖ですが、これはbicyclopropylideneのカルボキシレーションで容易に得られるカルボン酸を光学分割してつくることができます。このエチルエステルをSimonns-Smith反応でシクロプロパネーションすると、エキソ体とエンド体が41%と28%得られます。次にこのエキソ体の[3]triangulaneを還元、ブロモ化、脱臭化水素でエキソオレフィンに導きます。最後にパラジウム塩触媒下ジアゾメタン処理で目的の(M)-[4]triangulaneが生成しました。

 さてこの(M)-[4]triangulane、[α]D = -192.7°を示します。このような不斉炭素によらない分子全体の大きなねじれによるキラリティは大きな旋光度を示すことが多く、前述のヘリセンなどがいい例です。しかしベンゼン環の連なったヘリセンと異なりこのねじりん棒の場合はすべての炭素がsp3炭素からなっています。一般に、官能基をもたない飽和炭化水素の場合、キラルな分子であっても旋光性を示さないことが知られています。たとえば、異なるアルキル基を4個もつキラルな炭化水素は純液体そのものでも旋光性はゼロです。このようにUV/VIS領域(800-200nm)でまったく旋光性を示さないキラリティをクリプトキラル(cryptochiral)といいます。[4]triangulaneはクロモフォアをまったくもたないながら、純粋にσ結合のねじれ配置だけで旋光性を示している変わった例といえるでしょう。ちなみに、ベンゼン環のヘリセン(π-helicene)に対して、こちらはσ-ヘリセンというのだそうです。すなわち、これはキラルなσ-[4]heliceneの初めての合成というわけです。

 cf. A. de Meijere et al., Angew. Chem. Int. Ed., 1999, 38, 3474.


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