オクタニトロキュバンの分子式はC8N8O16で、ちょうど8CO2+4N2に相当しますから、たしかにクリーンな爆薬になりそうですね。ところが、このキュバン骨格にニトロ基をたくさん導入するのは簡単なことではありません。お互いに対角の位置に置換した四置換体は比較的容易に合成できましたが、それから先はニトロ基同士が隣接するので困難です。このほどやっとオクタニトロキュバンの初合成が報告されました。合成スキームは次のようです。
既知のキュバンカルボン酸から出発して、酸クロリドにしたあと塩化オキサリル存在下光照射でうまいこと一気にテトラクロロカルボニルキュバンが合成できます。こういう四置換体ができやすいのは、置換基同士がちょうどsp3炭素のように正四面体の頂点方向に延びていて互いの干渉が最小であることによるのでしょう。これを酸アジドに変換したあと、熱転位でイソシアナートとし、酸化してニトロ基に変換するとテトラニトロキュバンが得られます。
ここから先は同じような方法論ではうまくいかないので、ニトロ基のα位水素が酸性を示すことを利用して塩基でアニオンをつくり、N2O4をはたらかせて五番目以降のニトロ化を行ないます。ただしこの方法でも最高で七置換体が限度で、目的のオクタニトロ体はできません。最後のニトロ基の導入はLiN(TMS)2で発生させたアニオンにNOClを作用させ、オゾン処理することで達成されました。生成物は極性溶媒によく溶ける安定な白色固体で、X線で結晶構造が解析されています。結晶の密度は1.979gcm-1で、計算上は2.12くらいにはなるはずで、密度が高いほど爆薬としてはすぐれているために、より高密度の結晶を追求中とのことです。
このオクタニトロキュバン、合成法や性質ももちろんおもしろいのですが、なんといってもNMRです。1H-NMRではシグナルが出ません(あたりまえ(^^;;)。それで13C-NMRなんですが、対称分子なので1本だけシグナルがδ87.8に出ます。そのシグナルはなんとJ=8.8 Hzの三重線です。結合している14N(I=1、15Nじゃないですよ)とのカップリングが出ているのだそうです。事実、14Nデカップリングするときれいな単一線になります(原報にチャートあり)。14N核の四重極緩和のために普通の13C-NMRで1J(13C-14N)がきちんと見えるなんて例は見たことありませんが、対称な四級アンモニウム塩などでは電場勾配がゼロに近くなるので、検出されるのだそうです。たしかにこの化合物も対称性は非常にいいですからね。
さて、ついでに母骨格のキュバンの洒落た合成法をみておきましょう。私はこの方法を初めてみたとき、なんてエレガントなんだろうと感心しました。
頭いいですねほんとに。シクロペンタジエノンのendo型ディールスアルダー二量体を分子内光2+2付加するとちょうどビスホモキュバン骨格になります。これを2回環縮小反応にかければいいわけですが、それをブロモケトンのFavorskii転位と生成するカルボン酸の脱炭酸によって見事にクリヤーしています。いうまでもありませんが、キュバン合成の一歩手前のカルボン酸が、今回のオクタニトロ体の出発物質になっています 。
このキュバン骨格の初合成は1964年にシカゴ大学のEatonらによってなされました。今回のオクタニトロキュバン合成はそれから35年もの歳月が経過していますが、同じEatonらの仕事です。
cf. M. -X. Zhang et al., Angew. Chem. Int. Ed., 2000, 39, 401.