おもしろ化合物 第39話:「リンデナトリエンの復権」




 「おもしろ化合物」かどうかは微妙ですが、たまには私の話も聞いてください(笑)。
 リンデナンという三員環をもったマイナーな骨格をもつ一連のセスキテルペンがあり、その中でラクトン構造をもつリンデナノリド類はセンリョウ科(チャラン科)植物のみに含まれる比較的珍しい化合物群です。このリンデナン骨格が2個結合した特異な構造のセスキテルペン二量体シズカオールA(1)が1990年にKawabataら1)によって初めて見出され、さらにシズカオールB(2)のような大環状ラクトン環をもつ変わった類縁体も数種単離同定されました。その後日本や中国の研究グループを中心に、現在までに80種を超える類似構造の二量体が報告されています。そのうちある種のものは興味深い生理活性を有し、何より変わった構造であることから、近年全合成研究も行われています。

 最初の二量体シズカオールA(1)はユニット間の結合部分がシクロヘキセン環であることから、Kawabataらは前駆体であるジエン構造をもつエステル(3)とジエノフィル構造をもつラクトン(4)から4+2型のディールズ-アルダー反応によって生合成されているのではと考え、1の熱分解によって逆反応を起こし、実際に3(後にリンデナトリエンと命名)と4が生成することを確かめました。このうち、4は天然物との直接比較によって構造が確定したのですが、3は化学的に不安定なためかほんの痕跡量しか得られず、わずかにマススペクトルとNMRスペクトルの一部のピーク(3本のメチル基と3本のオレフィンプロトン)のみが観測され、予想構造と矛盾がないことから構造が推定されたものです。その後、同じ結合様式をもつ二量体が多数見つかったため、この推定生合成経路は妥当なものだと思われていました。

 最近(2017)になってLiuら2)は生合成類似経路によるリンデナン二量体の合成研究の途上で、5の塩基性メタノリシス反応によって「リンデナトリエン」を合成したところ、そのNMRスペクトルはKawabataらの報告値と一致せず、実際にジエノフィル分子とディールズ-アルダー反応による環化反応を試みたところ、まったく反応は進行しないことを報告しました。つまり二量体の熱分解で得られた前駆体のうちジエン部分は3の構造ではないということになり、ディールズ-アルダー反応による推定生合成経路の妥当性も怪しいものとなってきました。でも、そうするとKawabataらが分解反応で得たものは何だったんでしょうという謎が残ります。

 ところが2019年になって事態は二転します。リンデナトリエン(3)の生合成上の位置と構造に興味をもったSnyderら3)は別ルートでの合成を行いました。その結果、得られたリンデナトリエンは不安定な物質でしたが、そのNMR測定値はKawabataらの報告値ときわめてよい一致を示し、一方Liuらの報告値とは異なっていました。ん〜、どっちが正しいんだ、ということになりますが、その謎を解く鍵はSnyderらの合成ルートにありました。
 Snyderらは前駆体(6)を低温下の脱水及びメタノリシス反応で、目的のリンデナトリエンとは9位のアルコールの根元の絶対配置が異なる9-エピリンデナトリエン(7)とした後に、すばやくアルコールを酸化還元によって反転してリンデナトリエン(3)を得ています。その際に、中間体の7を室温にもどした後で同様に9位のアルコールを反転させると異なる生成物が得られ、それは3とは二重結合の配置の異なるイソリンデナトリエン(8)であることがわかりました。そして、この8のNMR測定値はLiuらの「リンデナトリエン」の値とほぼ一致したのです。すなわち、Liuらはリンデナトリエンを合成するつもりでイソリンデナトリエンを合成していたというわけです。

 なぜこのようなことになったかというと、Snyderらはリンデナトリエン(3)は特に酸性条件下で8位ケトンのエノール化を介して容易にイソリンデナトリエン(8)に異性化すること、エネルギー計算によってイソリンデナトリエンはリンデナトリエンより約5 kcal/mol安定であることを示していることから、構造的に不安定なリンデナトリエンの二重結合配置が反応中に異性化を起こしてイソリンデナトリエンになったものと思われます。

 というわけで、Kawabataらが熱分解反応で得たのは確かにリンデナトリエン(3)であり、一時は葬り去られかけた3を前駆体とする二量体生合成仮説の妥当性が再び日の目を見ることとなりました。天然物の単離時の提出構造が後に合成によって訂正されるという例は数多あり、だから全合成は大事なんだよというNicolaou & Snyderの総説4)なんかもありますが、これは二転してもとにもどったという珍しい(?)例でした。あれ、このSnyderって同じ人だ。好きなんですかねこういうの(笑)。


1) J. Kawabata, Y. Fukushi, S. Tahara, and J. Mizutani, Phytochemistry, 1990, 29, 2332-2334 (doi.org/10.1016/0031-9422(90)83065-9).
2) C. Yuan, B. Du, H. Deng, Y. Man, and B. Liu, Angew. Chem. Int. Ed., 2017, 56, 637-640 (doi.org/10.1002/anie.201610484).
3) J. M. Eagan, K. S. Kanyiva, M. Hori, and S. A. Snyder, Tetrahedron, 2019, 75, 3145-3153 (doi.org/10.1016/j.tet.2019.04.051).
4) K. C. Nicolaou, and S. A. Snyder, Angew. Chem. Int. Ed., 2005, 44, 1012-1044 (doi.org/10.1002/anie.200590046).


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