合成法はいたってシンプルで以下のようです。まずテトラブロモテルフェニル(4)の片側にテトラフェニルフラン(5)を付加環化させて中間体エポキシド(6)とします。ついでもう一方にこんどはヘキサフェニルイソベンゾフラン(7)を付加させてビスエポキシド(8)とします。最後に橋架けしている酸素を脱離芳香族化すると低収率ながらドデカフェニルテトラセン(3)ができあがりました。
紙上の構造式をみても隣接する置換基のベンゼン環同士がぎゅうぎゅうに込み合っていかにも立体障害が大きそうです。もちろん全体が平面上にあるわけではなく、置換しているフェニル基は中心のテトラセン環とは直交するような配座をとっているのですが、それでもスペースフィルモデル(表紙ページ)では相当な込み具合です。合成反応の収率の低さもそのせいでしょう。
さて、このドデカフェニルテトラセン分子ですが、驚いたことに平面であるべき中心のテトラセン部分がねじ曲がっています。平たい棒をねじったきなこねじりというお菓子がありますが、ちょうどあんな感じです。下の図のように両端のベンゼン環の間の角度は97°にもなりますからほぼ直角にねじれているわけで、こうなると共鳴効果はゼロです。いかに立体障害が大きいかがわかります。ねじれ分子となるとキラリティが気になりますが、さすがに鏡像体分離できるほどのエネルギー障壁はなく、室温では自由に動いているようです。
このようなかさ張る置換基をもつアセン系縮合ベンゼン同族体がねじれた構造をとることはすでに知られていて、たとえば簡単なオクタクロロナフタレン(9)ですら二つのベンゼン環は24°もねじれています。さらに驚いたことには今回合成された3の両末端のベンゼン環同士をつないでつっかえ棒のようにした分子(10)がすでに合成されていて、この10の両端のねじれはなんと184°に達します。2) 半回転以上ですね。構造式の赤い結合で固定されたベンゼン環のバットレス効果でひずみエネルギーがより大きく効いているのでしょう。
ところで、上にあげたドデカフェニルテトラセン(3)の合成スキームでは4に対して最初にフラン体(5)次いでベンゾイソフラン体(7)を付加させてますが、二回とも7を使えばもうひとつ上の同族体テトラデカフェニルペンタセン(11)がつくれるんじゃないか、と考えてしまいますね。実際、著者たちもそれは考えて実際にやってみているのですが、中間体ビスエポキシドまではなんとかつくれましたが最後の脱酸素のステップがどうやってもうまくいかず分解してしまうそうです。さすがに立体障害が大きすぎるのでしょうね。
なんの役に立つかはさておき、おもしろいですねぇ。こういう研究を何十年も続けられるなんてうらやましいです(笑)。