反応3-1
基礎有機化学18

図18

<求電子付加反応>
 アルケンへのハロゲン化水素の付加アルケンのもつ炭素−炭素二重結合は、σ結合π結合の2本の結合からできており、そのうちπ結合は結合電子の広がりが大きく弱い結合である、ということはすでに学んだ。このπ電子の広がりは、他の求電子試剤(electrophile、カチオンや電子不足中性分子)によって容易に攻撃をうける。ハロゲン化水素の付加反応では、たとえば臭化水素(HBr)がH+とBr-に解離し、そのうちのカチオン成分である水素イオンがまずアルケンのπ電子を攻撃することで反応が始まる。エチレンと臭化水素の反応では、まず水素イオンの付加によってエチルカチオンが生成する。この反応では、エチレンのπ電子2個が水素イオンに供給されて一方の炭素上に新たなC-H結合が生成(2電子はσ結合となる)し、他方の炭素はπ電子を奪われるので、カルボカチオン(炭素陽イオン)となる。このとき、C-C間のπ結合は消失するので、水素イオンが付加した側の炭素は4配位のsp3炭素になることに注意しよう。生成したカルボカチオンはそのままでは非常に不安定であり、系内に残存している臭化物イオンと結合することにより、全体の反応が完結する。
 この反応は、一般的には電気的に分極している分子がカチオン成分(A+)とアニオン成分(B-)に分かれて二重結合の両側の炭素に付加する反応であり、ハロゲン化水素以外にも水、酸などいろいろな分子が同様の付加反応を行う。このうち、アルケンへの水の付加でアルコールが生成する反応は、水自身の酸性度は弱すぎるので、通常は酸触媒を必要とする。これは水素イオンが付加してカルボカチオンが生成する1段階目が律速段階となっているためである。

非対称アルケンへの付加:対称アルケンであるエチレンでは、二重結合の両側の炭素は等価であるため、ハロゲン化水素のハロゲンと水素がどちら向きに付加しても生成物に差は出ない。しかし、二重結合を中心にして非対称なアルケンでは、生成物の区別が生じてくる。プロペンへの臭化水素の付加反応では、臭素が真中の炭素に結合した2-ブロモプロパンと、末端に結合した1-ブロモプロパンの2種の生成物が可能である。この2種の生成物は確率的には1:1の生成比で生成するはずであるが、実際はほとんどが2-ブロモ体で、1-ブロモ体はほとんど生成しない。これはなぜだろうか?
 それぞれの生成物ができる反応機構を考えてみよう。反応はまずπ結合への水素イオンの攻撃ではじまる。そのとき新たにできるC-H結合がどちらの炭素上にできるか、いいかえれば生成するC-H結合の逆側に生じるカルボカチオンがどちらの炭素上にできるかが、生成物の選択性の鍵であることがわかる。つまり、最終的に臭素のつく位置は、とりもなおさず中間に生成するカルボカチオンの位置に他ならないからである。生成物の比率が偏るということは、このカルボカチオンの生成比がすでに偏っていることを意味する。では、なぜカルボカチオンのできぐあいが偏るのだろうか?ここで前々回(反応2-1およびコラム10参照)やったアルキル置換の数によるラジカルの安定性の違いを思い出そう。アルキル基の電子供与性によって電子不足種であるラジカルは安定化されるため、アルキル基を3個もつ三級ラジカルはアルキル基2個の二級、1個の一級ラジカルよりも相対的に安定であった。そう、電子不足種という点ではカチオン(6電子)もラジカル(7電子)も同じなのである。プロペンから生じる2種のカルボカチオンのうち、真中の炭素上のカチオンは二級であり、末端の炭素のそれは一級カルボカチオンである。すなわち、この両者の安定性の差によって、二級カチオンの方に生成比が偏り、それが最終生成物の偏りとなって現れるのである。このようにカルボカチオンの安定性もまた、アルキル置換基の数によって影響を受け、3三級>二級>一級>メチルの順になっている。


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