反応4-1
基礎有機化学20

図20

<求電子置換反応>
 芳香族環上の置換反応:すでに述べたように、ベンゼン環は大きな共鳴安定化エネルギーをもっているため、環全体の共鳴構造を壊すような反応は受けにくい。π結合がありながら、付加反応ではなく置換反応を起こすのはこのためである。代表的な求電子置換反応としてハロゲン化反応を例にとって考えてみよう。ベンゼンを臭化アルミニウム存在下臭素で処理すると環の水素が1個臭素に置換したブロモベンゼンが生成する。この反応の反応種はBr+カチオンであり、これがelectrophile(求電子試剤)として電子豊富なベンゼン環を攻撃する。ベンゼン環のπ電子は環状に非局在化しているが、形式的には環のC=C二重結合の一対のπ電子がBr+との結合に使われ、結果として臭素が付加した隣の炭素にカチオンが残る。これは二重結合への求電子付加反応の1段階目での水素イオンの付加の際の電子の移動と同じである(「反応3-1」参照)。このベンゼン環上のカチオンは、ちょうどアリルカチオンの形なので、共鳴による隣接π電子の移動によって電荷が非局在化し安定化することができる。しかし、この中間体カチオンは一時的にベンゼン環共鳴構造が壊れている状態であり、やはりエネルギー的には不利である。通常の求電子付加反応であれば、このあと中間体カチオンにBr-アニオンが付加して反応が完結するが、この場合は安定なベンゼン環共鳴構造へ戻る方向がエネルギー的にずっと有利であるため、生じたカルボカチオンの隣接位すなわち臭素の付加位置の水素がH+として脱離してベンゼン環が再生し、置換反応が完結する。
 この反応における臭化アルミニウムの働きは、中性で分極していない臭素分子からBr+カチオンを発生させることにある。三配位のアルミニウムは最外殻が6電子であるため、電子対を奪おうという性質すなわち強いルイス酸性を示す(「基礎1-2」参照)。このアルミニウムに臭素分子からBr-イオンが引き抜かれてBr+が発生する。ホウ素、鉄(III)化合物も同様の働きをする。
 ベンゼン環への求電子置換反応はハロゲン化の他にもニトロ化スルホン化、アルキル(アシル)化(フリーデル−クラフツ反応)などいろいろなものがある。すべて反応種はなんらかの方法で発生させた活性なカチオン種であり、反応機構はハロゲン化反応とまったく同じに理解できる。このなかで、ニトロ化反応で得られるニトロベンゼン誘導体は、さらに還元によりアミンへと誘導しさまざまな含窒素芳香族化合物(染料、医薬など)の原料として重要であり、またフリーデルクラフツ反応は新たなC-C結合生成反応という点で有機合成上有用な反応である。


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