おもしろ化合物 第10話:「しなやかなねじれオレフィン」



NIFTY SERVE FCHEMT 13番【有機】会議室 #740(97/8/21)より

 お待たせしました(笑)。
 「面白化合物」というシリーズが1フォーラム時代の【有機】会議室で細々と続いていたのを覚えておいでの方もおられると思います。ちなみに前回のは旧FCEHM/MES/10/4194で一年以上前です(^^;。今はnifty:FCHEMH/LIB/9/97にあるログファイルに収録されています。
 心を入れ替えて、その続きをまた始めます(^^)。第10話になります。

 東北大の原田らのグループがなかなか面白いオレフィンを合成しました。cis- および trans-1,1',2,2',3,3',4,4'-octahydro-4,4'-biphenanthrydeneというのがそれで、構造は次のようなものです。

  すなわち、はしのベンゼン環一個が飽和化したフェナントレンを対称に二重結合で結んだ形です。シス体の方は向き合ったナフタレンユニット同士がねじれて上下に重なっており、軸不斉によって二種の鏡像異性体があります。また、トランス体はナフタレンユニットと相手方のシクロヘキサン環の間でやはりねじれが発生し、こちらは、上上、下下の一対の鏡像異性体と、上下というメソ体があります。
 で、色々と分光学的性質などが調べられているのですが、面白いのはこれらの分子が比較的容易にラセミ化することです。

  環の一部が重なっているにすぎないトランス体に比べ、シス体はまるまるベンゼン環一個分重なっていますから、それがすりぬけて異性化するのは困難なように思えますが、実際にはシス体の方が低い温度で容易にラセミ化するのが不思議です。しかもこのラセミ化反応は片側のユニットが一回転、つまり二重結合が一旦きれてビラジカルのようになり、トランス体を経て進行するのではないことが明らかになっています。
 このシリーズの第一回にヘリセンの話を取り上げましたが、あのラセミ化も予想以上にいきやすかったですし、分子は必ずしも剛直なものではないという証左なのかもしれません。

  ref.: N.Harada, A.Saito, N.Koumura, D.C.Roe, W.F.Jager, R.W.J.Zijlsta, B de Lange and B.L.Feringa, J.Am.Chem.Soc., 1997, 119, 7249-7255 (1997).

junk (JAH00636) 川端 潤     

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