二環性化合物に四置換オレフィンを組み込む方法は何通りか考えられますが、縮環部にエンド型にオレフィンがはいった形、たとえば 1,2,3,4,5,6,7,8-octahydronaphthalene(bicyclo[4.4.0]dec-1(6)-ene)みたいなのがすぐ思い浮かびますね。この場合両側の環は二重結合に対してシスの関係に当然あります。ではこれをトランスにしてやったらどうなるか、というのが今回の化合物なのです。頭の中がこんがらがりますから図にしてみましょう(^^;。
ただし、さすがに6-6員環では不自由なので少し環を大きくします。
10-12員環に拡大したのが図の化合物(bicyclo[10.8.0]eicos-1(12)-ene)で、Aのほうが普通のシス体、Bが問題のトランス体になっているのがおわかりかと思います。こんな化合物、考えつくだけでも大したものですが、しかしどうやったら立体選択的につくれるか、と考えると頭がいたくなりますね(^^;。
実際の合成は、Aのほうをつくっておいてから光異性化でBを得ています(なあんだ(笑))。ところが光反応ではうまいこと A:B = 2.4:1 の混合物になるのですが、それを分離するのが難しいのです。クロマトグラフィーなどでは分離できず、結局、ジクロロカルベンと反応させるとシス体だけが付加物を生成することを利用して分離に成功しました。なぜトランス体は反応しないかというと、実際はトランス体はCのような構造をしているのですね。つまり二重結合の上下をアルキル鎖がマスクしている形のために、反応性が非常に低下しているわけです。実際、トランス体は接触還元にも抵抗することが確かめられています。
この形のトランスからまりオレフィンは、[m,n]betweenanene と命名されています(m,nは二重結合を除いた炭素数)。まさにCの通り、うまいこと名づけたものです。
さて、この betweenanene ですが、分子全体がねじれているように見えます。このたすきをひとつはずした形に相当するトランスシクロオレフィンでは、たとえば E-cyclooctene(安定に存在する最小のトランス環状オレフィン)は光学異性体をもつことが知られています。
同じように、「からまりオレフィン」も光学分割できそうですね。原報には合成したのはちゃんと(±)-体と書かれています(^^)。
ref.: M.Nakazaki, K.Yamamoto and J.Yanagi, Chem.Commun., 1977, 346.