こういう分子は、nが小さくなるほどひずみがかかって不安定になることは容易に想像できます。実際に、[n]パラシクロファンではたぶんn=6が筆者の知る限り最小分子です。そういえば、このシリーズで以前に取り上げた「なわ跳び分子」(第4話「なわ跳びはお好き?」)もこの仲間ですね。
ベンゼン環を2個もつ系では、[2.2]パラシクロファンが有名で古くから研究されています。この[2.2]パラシクロファン、最初はキシレンの熱分解反応生成物中から見出されました。p-キシレンを1000℃以上に加熱すると脱水素によってp-キシリレンなどが生成し、ほとんどは重合物となるのですが、一部2分子付加反応でパラシクロファンができます。X線結晶構造解析によって、2つのエチレン鎖でつながれているためにベンゼン環がたわんでいることがわかりました。
ところで、[2.2]パラシクロファンは2個のベンゼン環を2つの架橋で結んだ分子です。ではこの架橋をもっと増やしたらどうなるでしょうか。2個のベンゼン環のすべての炭素同士に橋を架けた分子、それが[2.2.2.2.2.2](1,2,3,4,5,6)シクロファンで、別名スーパーファンとよばれています。構造は6枚羽根の歯車のようでまさにスーパーの名にふさわしいですね。2ヶ所だけつないだ分子ではベンゼン環がひっぱられて曲がってしまいましたが、スーパーファンでは6ヶ所すべてが均等にひっぱられるので、ベンゼン環は平面です。でも緊迫した構造であることには違いありません。
最後にこのスーパー分子の合成法をご紹介しておきます。手がかりになる官能基もなしにどうやったら6本の橋をちゃんとかけることができるのか不思議ですが、p-キシリレンから[2.2]パラシクロファンができたような環状電子反応によって大変エレガントにつくられています。
ref. Y.Sekine, M.Brown and V.Boekelheide J. Am. Chem. Soc., 1979, 101, 3126.