おもしろ化合物 第34話:「しっぽつきの屏風?」




 2005年劈頭を飾るのは風変わりな屏風のお話です。四員環のシクロブタン環を梯子状につないでいった分子をladderaneといいます。いつかここで取り上げようと思っているうちに、なんとそんな構造をもつ脂肪酸が天然に存在することを見つけてしまいました。
 ヒトの体をつくる脂肪酸にはそれほど変てこな構造のものはありませんが、微生物の世界には面妖な脂肪酸がいろいろとあります。これまでも三、五、六、七員環をもつ脂肪酸は知られていましたが、四員環をもつものはこれがはじめての例です。しかも5個連続縮環ladderane構造というのですから驚きです。

 アンモニア酸化細菌という細菌があり、アンモニアと亜硝酸を嫌気的に窒素へ変換することによってエネルギーを得ています。生育は信じられないほど遅く、2-3週間に一度しか分裂しないそうです。そんな細菌の一種Candidatus Brocadia anammoxidansの膜脂質から4-4-4-4-4、4-4-4-6員縮環構造をもつ脂肪酸が見つかり、anammoxic acidsと名づけられました。
 なんでまたこんな変てこな脂肪酸をこれらの細菌はつくっているのでしょうか。アンモニア酸化は膜に結合したアナモキソソームという細胞内器官で行われます。中間体としてヒドラジンやヒドロキシルアミンのような毒性の強い物質が生成しますからそれが細胞内に拡散しては一大事です。そこでこれらの有害物質を漏出させないための特別な膜構造が必要になります。というわけでladderane脂肪酸の出番です。特製二重膜屏風構造でせき止めているわけですね。本当なんです。原報にちゃんと書いてあります(笑)。

 このしっぽつき屏風脂肪酸の合成がつい細菌ではない最近完成しました。まずシクロオクタテトラエンを臭素付加の後アゾジカルボン酸ジベンジルとディールズアルダー付加反応させて既知の三環性ジブロミドとします。二重結合を接触還元してから亜鉛末還元で脱臭素してシクロブテン環を構築し、シクロペンテノンとこんどは2+2の光付加させて二つ目のシクロブタン環をつくります。水添でベンジルオキシカルボニルを落としたあと、酸素酸化で五環性アゾケトンとします。一旦ケトンをアセタールで保護した後に光反応で窒素を脱離させて末端の二個のシクロブタン環を一挙につくり、脱保護します。カルボニルのα位をホルミル化した後、ジアゾケトンに変換します。光縮環反応で最後の四員環をつくってから転位で生成したカルボキシ基を還元、酸化でアルデヒドにします。これにWittig反応で残りの側鎖をつなげて生成するオレフィンをジイミド還元、メチルエステル化で見事に完成です。

 結局、5個の連続するシクロブタン環はシクロオクタテトラエンの閉環で3個、2+2環化付加で1個、5員環ジアゾケトンの縮環で1個というぐあいにつくったわけですね。さて立体化学ですが、シクロブタン環縮環部は構造上シス縮環しかありえず、それが屏風状にジグザグに連なっていることはわかっていましたが、側鎖の結合部分は不斉中心です。残念ながら今回の合成はラセミ体であり、天然物の絶対配置はまだ不明です。



 ref. 単離・構造、J. S. S. Damste, M. Strous, W. I. C. Rijpstra, E. C. Hopmans, J. A. J. Geenevasen, A. C. T. van Duin, L. A. van Niftrik and M. S. M. Jetten, Nature, 2002, 419, 708; 合成、V. Mascitti and E. J. Corey, J. Am. Chem. Soc., 2004, 126, 15664.


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