というへりくつはともかく(笑)、この球状分子フラーレンの内腔に物質を取り込んだまさに「カゴの鳥分子」があり、古くは希ガス原子や金属イオンを内包したものが知られています。これらはC60分子の合成時にえいやっと混ぜてしまう方法でつくられていたのですが、近年C60分子に酸化的に穴をあけて物質を取り込ませてから還元カップリングで穴を閉じる分子手術という方法が開発されて、これまでできなかった大型の分子を取り込ませることができるようになりました。たとえば水分子を取り込んだフラーレン(H2O@C60と表記します)はすでに京大化研の村田らのグループによって合成されています。前置きが長くなりましたが、最近同様の手法で内部にメタンを内包したCH4@C60が初めて合成されました。有機化合物を内包するフラーレンは初めての例であり、こうなるとおもしろ化合物でとりあげないわけにはいきません。
つくり方は、まずフラーレンのベンゼン環のひとつを連続的な環化付加および異性化反応で8員環に拡大した付加基つきの2とします。次に反応性の上がった二重結合を順次酸化開裂して12員環の3次いで16員環の4とします。上記のH2O@C60のときはここで水分子を挿入したのですが、9000気圧という超高圧が必要でした。そこでさらなる環拡大策としてイオウの挿入によって17員環とした5がその後開発されました。ここまでが下準備です。
この17員環穴あき前駆体5に高圧高温下でメタン分子を押し込みます。取り込み率が95%以上というのが驚きです。後は穴を閉じてしまえばよいのですが、その最初の段階がちょっと問題でした。5から4への変換はイオウをスルホキシドに酸化して光反応で脱離縮環するのですが、空の5だと収率43%で進む反応がCH4@5だと13%に低下してしまいます。何らかの立体障害が効いているのかもしれません。そこを過ぎれば後の酸化開裂部分を還元閉環反応で順番にもどし最後に付加基を取り去るステップは定量的に進行し、めでたくCH4@C60ができあがりました。
得られたCH4@C60は黒色固体で、内部のメタン分子は自由に回転し、外のフラーレン殻も観測できるひずみは認められないとのことです。気になるNMR測定値は、内部のメタンの化学シフトは1,2-ジクロロベンゼン中でδH -5.71 ppm、δC -13.63 ppmと気体メタンの値(δH 2.17 ppm、δC -8.65 ppm)よりも高磁場シフトしています。気体と比べるのが適当かという気もしますが、フラーレン内腔は真空(?)だからいいのかな。近傍をぐるっとベンゼン環に囲まれているのでもっと大きくシフトするかと思ったらそうでもないですね。きちんと磁場に垂直に配向しているベンゼン環は最大上下2個なのでこんなものなのかもしれません。
さて、こうなるともっといろいろな鳥をカゴに入れてみたくなりますが、カゴの蓋を閉じるところがもうひと工夫必要な気がしますね。
ref. S. Bloodworth, G. Sitinova, S. Alom, S. Vidal, G. R. Bacanu, S. J. Elliott, M. E. Light, J. M. Herniman, G. J. Langley, M. H. Levitt, and R. J. Whitby, Angew. Chem. Int. Ed., 2019, 58, 5038-5043. (doi.org/10.1002/anie.201900983)